オーストラリアの歴史・建築をQVBからひもとく。訪れる前に知っておいてほしいこと

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クイーンビクトリアビルディング シドニー観光

シドニーの人気観光スポット、タウンホールとQVB(クイーンビクトリアビルディング)を通して

  1. オーストラリアの歴史と建築
  2. オーストラリアの原住民(アボリジニー)

について紹介していきます。旅行前に知っておくとよりいっそう楽しめる内容になっているはず。

空港からQVBへの行き方

空港から電車で4駅(セントラル駅で16番に乗り換える。)でタウンホール駅に約15分で到着する。

この駅の改札は地下にあり、地下通路からQVBに直接行くこともできます。ただ、旅行者は一度地上に出た方が迷わないでいけると思います。

駅を出ると目の前に「タウンホール」が見える。

セントラル、タウンホール周辺の地域を「シティー」と地元の人は言います。

都心部という意味で、ホテルやショッピングセンターが集中している地域。旅行者はだいたいここらへんでホテルをとるこになります。

実は墓場だったタウンホール

タウンホール

タウンホールはシドニー市長のオフィスなどがある建物のこと。

古い建物を取り壊さずに維持し続けているタウンホールは一見の価値があります。

現地の人にとっては、待ち合わせ場所として有名ですが、

実はここら辺一体はもともと墓場でした。

このタウンホールが建設がはじまった1880年当時、

2000以上の遺体が埋められていました。

今でもここら辺を掘り出すと白骨が見つかると言われています。

そんな場所に市長がオフィスを構えるっていうのも変な話。

日本だったら、縁起が悪いので違うの場所を探すでしょう。

ビクトリア朝の建築を基本としていて、建物に重厚感があります。

タイミングが良ければ一般の人にも開放されている時もあり、中に入ることができます。

植民地時代のなごりクイーンビクトリア像

クイーンビクトリアビルディング

タウンホールの建物を目の前にして右手に進むとQVB(クイーンビクトリアビルディング)が現れてくる。

QVBの目の前に建てられているのがクイーンビクトリア像。

クイーンビクトリア像

この銅像はもともと、アイルランドから送られてきたもの。

銅像が作られた1900年初頭、アイルランドはまだイギリスの植民地でした。

当時のイギリスの女王をモチーフにした像は、政府の建物の前に設置されていましたが、

独立戦争後、イギリスの女王の像を置く場所がなくなってしまったため、シドニーの市長が引き取ることになったそうです。

アイルランドもオーストラリアもイギリスの植民地だったからこそ国同士の交流があったんでしょう。

また、ビクトリア女王像を近くで見るとこうしるされている:

At the request of the City of Sydney this statue of Queen Victoria was presented by the Government and people of Ireland in a spirit of goodwill and friendship.Until 1947, it stood in front of Leinster House, Dublin, The Seat of The Irish Parliament. Sculptured by John Hughes, RHA, Dublin.

訳すと「アイルランド政府は友好の印としてビクトリア像をシドニーに贈呈した」と書いてあります。

世界一美しいQVBクイーンビクトリアビルディング

QVBはフランスの有名なデザイナーPierre Cardinが「世界で一番美しいショッピングセンター」と言い切ったほどの美しさ。

現在は、200以上のオーストラリアのショップ、ブティック、カフェ、レストランなどのお店が集まる巨大ショッピングセンターとして使われているが、当初、コンサートホールとして使われていました。

建築が始まった1890年代は、オーストラリアはひどい不況で、政府が仕事を作り出すためにQVB建設を決めたそうです。

QVBの豪華な外観、内装

QVBで使われる柱やアーチはロマネスク様式を取り入れたデザイン。

アーチ

柱、アーチやタイルをよく見て見ると当時のデザインがそのまま残されている。

QVBで最も特徴的なのはドーム。ステンドグラスが大胆に使われている。

QVBドーム

ロイヤルクロック

QVB内には巨大な吊り機械時計が2つある。

ロイヤルクロック

1時間ごとに機械仕掛けの人形が動きだす時計。イギリスの歴史的な場面を描写しています。

このし掛けが始まる前に大きなトランペットの音がQVB内に鳴り響くので、ショッピングの合間に立ち寄ってみるとよい。

  • マグナカルタという民主主義のもととなった重要文書をジョン王がサインする場面
  • イングランドの王チャールズ1世の斬首の場面
  • イングランドのハロルド2世ヘイスティングの闘いでの戦死する場面

などのいくつものシーンがくるくると回転して、機械仕掛けの人形劇が始まる。

必ずこの時間になると時計の周りに人が集まるほどの人気。

ロイヤルクロック

ちなみにイングランドはイギリスの一部。「イギリス」は 「イングランド」、「スコットランド」、「ウェールズ」、 「北アイルランド」の4カ国を「イギリス(UK)」と呼びます。

グレートオーストラリアンクロック

グレイトオーストラリアンクロック

もうひとつの時計は4トンにもなる巨大なもので、世界最大の吊り時計。

制作費、1.5億円。

この時計はロイヤルクロックと違い、オーストラリアの歴史を表しています。

オーストラリアのアボリジニーの悲しい歴史

アボリジニー時代やヨーロッパ統治時代の歴史的場面が時計の側面に描かれています。

アボリジニーとはイギリス人冒険家ジェームスクックがオーストラリア大陸を発見する前から住んでいた原住民のこと。

イギリスから多くの移民、船乗りを送り込みますが、原住民と移民の争いが激しくなり、多くの死傷者を出します。

1869年にはオーストラリア政府により、原住民の子供を親から引き離し隔離する(盗まれた世代)政策が行われます。

オーストラリアの原住民(アボリジニー)はもちろん反対するわけです。。

これは今でもオーストラリアではセンシティブな問題で、2008年に首相が謝罪することになりました。

また、2019年からエアーズロックに登ることが禁止されます。

エアーズロックはアボリジニーにとって神聖なもので、政府がアボリジニーに敬意を示すために決めた措置です。

最近ではオーストラリア政府はアボリジニーに手厚いサポートをしたり、なんとか共存する道を探しているところです。

オーストラリアにもこういう歴史があることも知っておいて損はないはずです。

シドニー観光マップ・QVBの地図

ジョージ、マーケット、ヨークストリート(George, Market York street)をまたぐ巨大な建物がQueen Victoria Buildingです。

地図上に青いマーカーで表示されています。

(シドニー都心部の地図。右上の枠の記号(Full Screen)をクリックして拡大で表示すると見やすくなる。地図は右上の記号から保存や各種SNS等での共有も可能。)

クイーンビクトリアビルディング住所:

429-481 George Street, Sydney, NSW 2000

タウンホール住所:

483 George Street Sydney NSW 2000

タウンホール、QVB|まとめ

QVBは毎日営業で、営業時間は9:00 am – 6:00 pmが基本。ただし、木曜は夜の9時で、日曜は閉まるのが5時とかなり早いので注意してください。

QVBは季節ごとにデコレーションされるのでそれを目当てに集まる人も多くいます。特にクリスマスは建物内にどでかいクリスマスツリーがスワロフスキーで飾られるので、できるならこの時期に行ってみてほしいかなと思います。

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